Dec 27 2011
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リーダーが「頑張ろう」と連呼する組織はたいてい潰れる。「頑張れ」はアイデア不在の悲鳴であって、アイデアがあるリーダーはアイデアを語ろうとする。頑張れなんて言わない
Twitter / medtoolz (via deli-hell-me)

(via futureisfailed)


Sep 21 2011
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自分で失敗を自覚するまで納得できない人は失敗が確定するまで、失敗が近づけば近づくほど指数関数的に頑張り(そして周りにもがんばりを強要し)、精神論をまき散らしつつ周りを巻き込み疲弊させ最終的に集団心中するようなタイプが多いような気がする。

しかし、本人は頑張ったという達成感で一杯なので、次もめげずに同じことを繰り返すのだ。

Drkcore - 自分で失敗を自覚するまで納得できない人 (via reretlet) (via tk78, sjmp) (via usaginobike) (via fujinom) (via xlheads) (via tiga) (via yaruo) (via darylfranz) (via sanekata)

Sep 21 2011
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テレビアニメの方の「ドラえもん」は、「日常」の中に「非日常」的な異物「ドラえもん(の秘密道具)」があり、物語構造は日常の困った出来事を「非日常」的存在によって、日常に変化を与えることで成立している。しかし、それはあくまでも「日常」の中でのドラマが基本にあり、ドラえもんがいようといまいと、のび太の「日常」は繰り返されていく。テレビアニメシリーズに限らず、テレビドラマシリーズもまた「日常」の連続がドラマ構成の基本で、主人公が「非日常的な事象」が起こったとしても、繰り返される物語によって「非日常」な事象もまた「日常」の物語へと回収されていく。

 しかし、「映画ドラえもん」では、のび太たちが「非日常」世界へと「冒険」することで、「非日常」な物語との対峙を迫られる。「日常」という作品世界にありながら、もしくはそこから飛び出すことで、結果「非日常」の物語に介入せざるを得なくなるというのが、「映画ドラえもん」の基本構造であり、その物語は必ず何らかの決着を迎えて、のび太たちは「非日常」な物語から「日常」世界へと帰還する。

 つまり。僕の中の仮説のひとつとしてテレビアニメとアニメ映画の決定的な違いを上げるなら、「日常」と「非日常」の主従関係が逆転することにあるのではないかと思う。テレビにおいては「日常」が主で「非日常」が従、映画は「非日常」が主で「日常」が従である。

アニメのミカタはどこにいる - 虚馬ダイアリー (via katoyuu)

(via flatmountain)


Sep 21 2011
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これはかつて浪人時代、予備校の先生がおっしゃっていたことをプレゼンに当てはめているだけなのですが、プレゼンで聴衆の方に満足してもらうには

・聴衆がすでに知っていること50%
・言われれば「聞いたことがあるな」思い出すこと30%
・初めて聞く話20%

というバランスで話すのが経験的にもいいと思っています。

「慣れない人はどうしても「知らない話」ばかりをしたくなる」

私自身もそうでしたし、こうした気持ちになるのは当然です。なぜなら、事前に聴衆の人たちが何を知っているか、わからないからです。

登壇して前で喋る以上、「みんなが100%知っていることだけを2時間喋りまくるのだけは、避けたい」と思うものです。なるべくみんなの知らないこと、なるべく聞いたこともない話、なるべく新情報を話したい。さすればみんな感心してくれるであろうし、役にも立つであろう、と、こう考えます。

しかし、実際に聞く側になってみると、知りもしないことばかりを2時間聞かされるのは、とても苦痛です。だいたい30分以後は、上の空で頷くだけになっています。聞く側にもプライドの問題があるため、講演者の話をさえぎって「もっと私たちの知っている話をしてください」などとは言えません。

プレゼンのための5:3:2の法則 – ライフハック心理学

今度LTするのでメモメモ。

(via mitukiii)

2010-10-20

(via mmtki)

(Source: ag107, via wideangle)


Sep 04 2011
2,650 notes

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頭のいい人ほど、高度さをもとめて複雑なものを作ってしまいます。  
行動力のある人ほど、成長を追い求め物事を肥大化させてしまいます。  
優しい人ほど、あちらこちらの話を聞いて収集がつかなくなります。  
こだわりのある人ほど、細かい部分のブラッシュアップに気を取られます。  しかし、そうなればなるほど夢の現実性というものは、下がっていくことになるのです。  
優れた制約を設けましょう。  
「何を捨てて、何を手に入れるのか?」そんな厳しい取捨選択をせまるような優れた制約です。
最も現実的に 夢を「スモールスタート」する9つのコツ : earth in us. (via a2onaka) (via usaginobike) (via kyohei1989) (via 3000km) (via arma) (via suzukichiyo) (via chihanos) (via s-hsmt) (via hsmt) (via mxcxrxjapan) (via rev-tune)
2010-09-13 (via gkojax-text) (via ak47) (via k32ru) (via multi) (via nashi-kyo) (via toufu) (via kitutuki) (via kyomtea) (via micchiy22) (via gothix)

Sep 04 2011
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例えば、机の上のコーヒーをこぼして書類を汚してしまったとき、「あー」とか奇声を上げる人がいるが、まったく意味がないどころか、ほかの人の仕事の邪魔になるだけだ。こういう時は、黙って立ち上がり、こぼれたコーヒーをさっさと拭けばよいだけのこと。黙って対処すればいいだけの失敗をことさら表現しないようにするのは大人の作法の基本だ。できていない人は、折りあるごとに訓練だと思って自制していくと、自然にこの悪癖は消える。
誰もが犯しうるミスを過剰に責めない、過剰に悩まない。気にしないという訓練をする:NBonline(日経ビジネス オンライン) (via thinkeroid) (via plasticdreams)
2008-04-14 (via gkojay) (via petapeta) 2009-06-26 (via gkojay) (via thinkeroid) (via miyabiarts) (via mbes2) (via gosuke) (via swmemo) (via fumi-tano) (via flatmountain)

Sep 02 2011
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本書の中心的なメッセージは「人はそう簡単に人を殺せない」という一見当たり前に見えるものだが、その内実は非常に衝撃的だ。第二次世界大戦における米軍の歩兵のうち、戦闘中にライフルを発砲した兵士はわずか10〜15%しかいない、というのである! 残りの者は自分や同僚の命が危うい状況であっても発砲しようとしなかったし、発砲した者の内にもわざと当たらないように撃った者が含まれている可能性がある。では兵士の大半は「腰抜け」なのか? そうではない。彼らは負傷者を救助したり弾薬を運んだりといった、より危険な「任務」を積極的に引き受けることによって発砲を回避しているのである。これは第二次世界対戦の米軍に特有なことではなく、むしろ歴史的にみて普遍的な現象である、と筆者は言う。平時ならソシオパスと呼ばれるであろうようなごく少数(本書によれば2%)の人間を除けば、人は自分の命が脅かされている状況でも人殺しを避けようとするのである。

『戦争における「人殺し」の心理学』(ちくま学芸文庫)

こういうの僕はリアルだと感じてしまう。

(via flood)

(via markie)

(via otsune) 2008-02-11 (via gkojay) (via yangoku) (via yaruo

)

ということは、その多くとも10~15%にあたる人間だけが、すごく沢山の人を殺しているということで、そりゃそういう人は戦争から戻ってきても居場所がないよなぁ。

(via asobiya) (via yamato)

(via mitaimon) (via takaakik)

(via plasticdreams) (via ginzuna) (via msnr) 送り込まれる兵士のうち、100人に10人は足手まといです。80人は標的になっているだけです。9人はまともな兵士で、戦争をするのはこの9人です。残りのひとりですか。これは戦士です。このひとりがほかの者を連れて帰ってくるのです。(『「戦争」の心理学』より古代ギリシアの軍隊指揮官の手紙) (via error888, morutan) (via mooljot) (via halusame) (via klaftwerk) (via rairaiken424)

(via zaki123) (via g0nsuke)

(via aftersunday) (via kkura01413kn) (via ibi-s)

(via nun156848) (via madoctopus) (via saharap)

(via chiha72) (via konishiroku) (via yaruo) (via unclejam) (via igi)


Aug 31 2011
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江戸時代の昔から、相手に敬意を表す手紙文に句読点を打つことは、タブーとされていました。文章を読み易くするために句読点を打つことは、相手に対して「教養が無い人」と思っているという事になり、失礼にあたると考えられていたのです。今は句読点を打つことは一般的になっているので、ピンと来ないかも知れませんが、現代に例えていうと「簡単な漢字にまで全部振り仮名を振っている文章」を貰うことをイメージしてみて下さい。
お役立ち情報 / 第6回 表彰状やあいさつ状に、句読点がないのは、なぜ? | リコー関西株式会社 (via amiens2009)

(Source: shibata616, via akisuteno)


Aug 31 2011
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この計算が適正でないと、ムービーにした場合に、そのパーツだけが独立したおかしな動きをします。

髪飾りだけ頭の動きと微妙に合っていなかったり、一部の髪の毛の纏まりだけ不自然な体積変化や動きをします。

でも、この間違いを原画の紙面上で確認すると、ほんの1mmにも満たないズレだったりするんですよね。

パラパラと見ても僕には判断がつかない。

そのズレを防ぐために、アニメーターは細心の注意を求められます。

上手い原画マンや作画監督の描く原画の体積変化や角度変化、軌道は精密機械のように正確なのです。

相当に最終画面のリテークを意識して経験を積んできたのでしょうね。

素材から映像をイメージする力 | P.A.WORKS Blog (via aznyan-ultimate)

(via akisuteno)


Aug 31 2011
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Win-Winの関係は滅多になく、Lose-Loseといういったい誰が得して何のためにやっているのか分からない関係はよく見かける。
@nifty:デイリーポータルZ:ペリーがパワポで提案書を持ってきたら (via edieelee) (via bon555) (via katsuma) (via kissmyhipbone)
2010-08-28 (via gkojay) (via pcatan) (via ytsunetsune) (via flatmountain)

Aug 31 2011
46 notes

Apr 21 2011
211 notes

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スタートアップの世界には「Fail often. Fail quickly (失敗を早くたくさんしろ)」という言い回しがありますが、これはデザインや開発にもいえることだと思います。失敗をする場がないのであれば、個人でサイトを立ち上げれば良いですし、社内でラボを作るのもひとつの手段です。恐ろしいのは失敗の恩恵を忘れて、失敗を避けてしまうメンタリティになることです。
失敗を繰り返そう : could (via otsune)

(via rarihoma)


Apr 20 2011

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▼教えると言う行為、教えられるという行為
教えると言う言葉は、どうしても一方通行に見えがちですが、実は双方向のコミュニケーションがむっちゃ重要なのです。教える側もテクニックと心を磨く必要がありますし、教えられる側も、受け皿がないとどうも伝えることって難しいのです。
教える側の本は色々あるのですが、教えられる側の受け皿の持ち方ってあまり手引書がない。
しかし、受け皿の角度によって、実は教えられ方ってずいぶん変わるよ、というお話です。
教えられ上手になるために: 使いやすさを考えてみる。(アクティブシニア・シルバー層の現場から)

(via ginzuna)


Apr 20 2011
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一番多い失敗例が、「思いつき型」です。「新しい」と主張しているアイデアがすでに実現されていたり、インパクトに欠けているという場合です。「ちょっとこんなこと考えてみました」という感じで、研究計画書が薄っぺらに見えます。
次に多いのが、「誇大妄想型」です。研究の課題が大きすぎ、一生かかってもできないだろうという設定をしているので、実現可能性がありません。(例:教育システムを根本的に変えるなど)この場合、できたらすごいことはわかりますが、できると思えないので評価が低くなります。

この二つは対照的な例に見えますが、「先行研究のレビューが足りない」という点は共通しています。地道に先行研究をレビューして、それを乗り越えようとすれば、思いつきではない重みがでますし、研究の課題も分節化できるはずです。

【エッセイ】 人をうならせる研究計画書

ylab 山内研究室::Blog

(via clione)

(via akisuteno)


Apr 04 2011
175 notes

hohou:

passionflower:

現場のがんばりや努力がクローズアップされるのは、

それだけ上層部によるマネジメントが効いていない

ということの裏返しです。

禿同。


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